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トカトントン、が聞こえる

最善の判断をしたはずなのに、実は「トカトントン」だったのかもしれない、と考える男のメモ
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智恵が欲しい
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    昔話では、老人は知識を蓄えているがゆえに、大切にされている。実際には、知識があっても社会から排除されてしまう姨捨山のような話もあっただろうが、老人が長い間を欠けて蓄積してきた知識は、大切にされてきた。

    しかし、メディアの発達により、人間が一生で蓄積できるよりもずっと多くの知識が、簡単に手にはいるようになった。今や、「年寄りは、若者より知識が多い」などと考える人はほとんどいないだろう。若者より知識が多いわけでもなく、体の自由が利かなくなり、生産活動に加わることができなくなった老人は、現代社会では邪魔者扱いだ。

    では、「年を取ることはデメリットしかないのか」と言えば、私はいくつかメリットもあると思う。最大のメリットは、智恵を身につける時間が与えられていることだろう。年寄りがみんな知恵を持っているわけではなく、嫌な年寄りも目に付くが、私自身は智恵を身につけた年寄りになりたいと思っている。

    智恵とは何か。一言では言いづらいが、「バランスの取れた、総合的な判断力」と言ってはどうだろうか。細かい知識の蓄積を誇ることはできなくても、知識を得て、運用してきた年月の間に、自分の中に徐々に積み上がってきた総合的な判断力は、社会に生じる難問に対して、何らかの突破口を見いだすことができるかもしれない。

    | 思索 | 03:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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