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トカトントン、が聞こえる

最善の判断をしたはずなのに、実は「トカトントン」だったのかもしれない、と考える男のメモ
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結論だけが重要ではないが…
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    昔から結論だけが重要だと思ってしまう癖がある。研究のまねごとをしていた頃は、結論だけが重要で、それに至るプロセスは結論ほど重要ではないと思っていた。

    実際はもちろん違う。人文系諸学の研究において、結論を証明するプロセスは、しばしば結論より重要である。今となっては、なぜそんなこともわからなかったのか、当時の自分の浅学を嘆くことしかできない。

    しかし、未だに結論だけが重要だと思ってしまうことがある。人間は、いつか必ず死ぬ。歴史上、死ななかった人間はいない。私もいつか必ず死ぬであろう(哲学的には、こんな杜撰な議論は許されないが、今は目をつむる)。

    しかも、自殺する以外に、自分の死期を決めることなどできないのである。明日死んでしまうかもしれないのに、老後のことを人はなぜ考え得るのだろうか。こういう仕事をして、余暇はこんな趣味で楽しみ、こんな家庭を持ち、こんな家に住み…などとなぜ考えられるのだろうか。「いつか死んでしまう」こと、「いつ死ぬかわからない」ことが、そういう人の意識に大きく上らないのはなぜなのだろう。私には、ぜんぜんわからない。

    ただ、このようにほんの少しだけでも突き詰めて考えると、「どうせ死んでしまうのに…」という議論がなぜか魅力を失ってしまう。どこに問題があるのだろうか。20年以上考え続けているが、まだ答えが出ない。
    | 思索 | 14:05 | - | - | - | - |