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トカトントン、が聞こえる

最善の判断をしたはずなのに、実は「トカトントン」だったのかもしれない、と考える男のメモ
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人間全体の能力は一定である、という仮説
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    404 Blog Not Found:学力って本当に低下しているのだろうか?より。

    私の「体感」では、学力はちっとも下がっていないどころか、格段に向上している。しかしそれを語る前に、まず「学力」をきちんと定義しておかなければならないだろう。

    私にとっての「学力」の定義は、読んで字のごとく「学ぶ力」、すなわち「わからなかったことをわかるようにする力」だ。はじめから「わかっている」必要は全くない。極端な話、何も知らなくても、誰に聞いたらわかるのかを知っている人の学力は、8割のことを知っていても残りの2割を誰に聞いたらいいのかわからない人よりもずっと学力は高いのだ。

    人類の「学力」というのは、「自分で覚えている」から、「自分は忘れてもいいから誰か/何かにおぼえてもらって、おぼえている人/ものの居場所だけおぼえておく」という進化の流れの中にずっといた。話し言葉から書き言葉。写経から活版。会話から電話。そしてインターネットと検索エンジン....人類の学力というのはおよそ下がったなどないようにすら思える。


    人間の能力全般は、ここ数千年、上がりも下がりもしていないと思う。何に能力を使ったかだけが大きく変わってきただけだ。時代によっては、後世に残るものができ、時代によっては何も残らない。今の世界を見よ。後世に何かを残せる国や地域と、そうでない地域がある。どこに住んでいるかと、何を残せるかは関連性がある。しかし、能力の多寡とは関連性がない。縦軸と横軸が違うだけだ。

    進化しているのは人間そのものの能力ではなく、人間の残してきたものである。調べる力が上がったのは事実かもしれないが、その過程で失ってきた能力はないか。もし失ったものがないとしたら、実は以前は怠惰であったのが、勤勉になっただけだ。

    …と、ずいぶん前から考えているのだが、実際に確かめるにはどうしたらいいのだろうか。脳生理学的に確認すればよいのだろうか。

    | こころ | 14:13 | - | - | - | - |