RECOMMEND
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

11
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--

トカトントン、が聞こえる

最善の判断をしたはずなのに、実は「トカトントン」だったのかもしれない、と考える男のメモ
<< 「コード」を輸入して「モード」を生み出す日本(人) | main | 常識を打ち破る発想をするには(まとめ) >>
私がアドバイスに躊躇する理由
0

    他人の悩みや困りごとを相談されたとき、それが深刻なことであればあるほど、「こうしたらどう?」とか「あれが悪いんじゃない?」とか、アドバイスは、できるだけしないようにしている。

    「インターネットがつながらない」とか、「パソコンはどれを買えばいい?」とか、そんな困りごとなら(これは悩みとは言わないけど)、いくらでもアドバイスするけど。

    そもそも「悩み」というのは何かというと…

     悩みには他種類のいろいろな気持ちがあってそれらの中をぐるぐる回っているのではない。悩みの気持ちを整理していくと、あるのは二つの気持ちだけだ。その二つの間を揺れること、どちらかに決めようとすることが、私たちの悩みの基本形である。

     AかBか、その二つの間でAにしようと頑張ったり、Bに決めようと気持ちを抑えたりして揺れる。無理にAに決めたとすればBが抑え込まれる。するとBの気持ちが大きくなり始めて、Aの決心を揺さぶる。やっぱりBかと思う。今度はBに決めると、逆にAの力が増し始めて、再び気持ちが揺れる。そして、いつまでもどちらにも決められない自分を感じて、「堂々巡り」している自分を競る。

     これが悩みの基本形である。(中略)

     何度も両方に揺れて、Bを受容して、最後に同時に両側を知ると、その真ん中にごく小さいけれども、ほんの少しの静かな場所がある。それを知ることが自分を切り捨てないで、そのまま感じることである。

     これによって“自己受容”が進む。(「新しく生きる」高橋和巳、三五館、pp.176)

    具体的な悩みの解決法の部分は、あえて省略しておくけど、まあ、悩みというのは複雑なのは確か。

    で、アドバイスというのは、悩みの複雑な本質部分を理解せずに、無責任に解決方法を指示することが多いわけで、あたることが多いとしても、個人的にはできるだけ手を出したくない。相手がアドバイスに従った場合に生じるトラブルの責任を負えることはほとんどない、というのも理由の一つだけど。もしトラブルの責任を負える立場・状態なら、踏み込んだアドバイスは可能だろう。

    だから、深い悩みや困りごとであれば、基本的に「聞く」ことにとどめようと思っている。もちろん、ただ単に聞いているだけではなくて、問題のありかを明確にする作業には労を惜しまないが。

    ただ、昔の自分を目の前にしたとしたら、たくさんアドバイスしたくなる。

    • 大切な人を振り回すな。
    • 目上の人に相談しろ。
    • 高望みするな。
    • 将来のことを考えろ。
    • 自分の能力の限界を知れ。
    • 時にはバカになれ。

    10年前に、これらのアドバイスを聞いて、本気で耳を傾ける機会があれば…といっても始まらない。

    | こころ | 20:46 | - | - | - | - |