RECOMMEND
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

11
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--

トカトントン、が聞こえる

最善の判断をしたはずなのに、実は「トカトントン」だったのかもしれない、と考える男のメモ
<< 「どうやって生きていけばいいのかわかりません」という質問に対するfinalventさんの回答が秀逸な件 | main | Web上のコミュニティについて >>
梅田望夫氏と母の共通点
0

    変化に対応し、自分のように考えることがサバイバルできる確率を高めるのではないかと梅田望夫氏は言う。サバイバルのための人体実験を公開すること これに感じていた違和感と同じものを感じた記憶がある。

    母は負けん気の強い人だ。負けん気の弱い(というか、ほとんどない)子供だった私に、「なにくそ(負けるものか)と思え」と何度も言った。母はそうやって生きてきた。だから、それを息子の私に伝えようとしたんだろう。

    梅田望夫氏の言う「こう考えた方がサバイバルできるんじゃないか」は、母が言っていた「なにくそと思え」というのとほとんど同じように思える。生き残るため、勝ち残るために、梅田望夫はいわゆる「ポジティブ」に思考することを勧める。母は、「なにくそと思う」ことを勧めた。

    生き残ること、勝ち残ること。これは重要だろう。私も最近、何らかの形でこのことを思わない日はない。今の仕事でうまく生き延びるためにはどうすればいいか。もしそれが無理なら、仕事を変えてでも生き延びるにはどうすればいいか。ずっと考えている。それがきっと“正しい”のだろう。

    母に「なにくそと思え」と言われた私は、あまのじゃくだったからか、「なにくそなんて思うものか」と心に決めた。天変地異があったら、一番先に死んでしまうようなそんな生命力の弱い人間でいい。そう思った。

    どうやら実際にはそれほど弱くないようだし、弱ければ弱いなりに見えてくるもの、聞こえてくるものがあるから、「なにくそ(負けるものか)」と思わなくても、それなりの生き方はできるだろう。ただ、生物としてはよくない。なんとしても生き残ることが、生物の目的だから。「できるだけ長生きすること」「子孫を残すこと」「グループのリーダーになること」「安楽に暮らすこと」、これらは生きることの目的かもしれない。

    しかし、そういう生き方を、ソクラテスが2000年以上前にすでに否定している。おそらく、2000年以上前にすでにそういう生き方が推奨されていたのではないか。だから、ソクラテスが一生懸命否定して見せたのではないか。

    全然結論に至らない。

    | こころ | 20:54 | - | - | - | - |